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東京高等裁判所 昭和45年(う)661号 判決

本店所在地

東京都渋谷区代々木一丁目三六番地

代々木駅前ビル

株式会社 日綜

右代表者代表取締役

赤松繁行

本籍

東京都練馬区上石神井二丁目千五百四番地

住居

東京都中野区中野五丁目五十二番十五号

中野ブロードウエー八一二号

会社役員

赤松繁行

大正六年四月二十日生

右の者らに対する法人税法違反及び住宅地造成事業に関する法律違反、並びに被告人赤松繁行に対する宅地建物取引業法違反被告事件に付いて、昭和四五年二月六日東京地方裁判所が言い渡した各有罪の判決に対し両被告人の原審弁護人長尾仁司から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は次のように判決する。

主文

原判決中、被告人株式会社日綜及び被告人赤松繁行に関する部分を破棄する。

被告人株式会社日綜を罰金弐千五百萬円に、被告人赤松繁行を懲役壱年及び罰金弐百萬円に処する。

被告人赤松繁行に於て右罰金を完納できないときは、金五千円を壱日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人赤松繁行に対し、この裁判確定の日から参年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、原審に於ける分は全部被告人赤松繁行及び原審相被告人長島忠雄の連帯負担とし、当審に於ける分は全部被告人赤松繁行の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人長尾仁司、同中西正義連名提出の控訴趣旨書並びに控訴趣意補充書二通に記載された通りであり、これに対する答弁は東京高等検察庁検察官検事古谷菊次提出の答弁書に記載された通りであるから、ここに之を引用し、之に対し次のように判断する。

第一、控訴趣意中、「住宅地造成事業に関する法律」(以下、宅造法と略称する)違反に関する事実誤認の主張について。

所論は、要するに、宅造法は昭和三九年十月一日から施行された法律であり、原判決が原判示甲第二の犯行の犯行時としている昭和四十年七月二五日当時には同法施行後日も未だ浅い関係上、被告人赤松は右法律の存在及び規制内容等を全く知らず、而も、右当時本件土地の所在する千葉県にあつては宅造法の規制を受ける土地は殆どなく、関係官庁より特段の行政指導もなされていなかつたのであり、被告人赤松が右のように宅造法の存在を知らなかつたのは己むを得ないものといわねばならない。右の場合被告人らには本件につき違法性の認識がなく、従つて犯罪の故意がないこととなり、本件は無罪である、というにある。

よつて、記録を精査して案ずるのに、原判示甲第二の事実は原判決挙示の関係証拠、特に被告人赤松の検察官に対する昭和四二年一一月二〇日付及び同年同月二七日付供述調書によれば、同人は本件宅地造成に着手する当時本件土地が宅造法所定の規制地域内であること並びにその規制内容を知つていたことが明らかである。而して、同被告人の判示に副わない原審公判廷及び当審公判廷に於ける供述は所論に鑑み検討したが措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。論旨は理由がない。

第二、控訴趣意中、「宅地建物取引業法」(以下、宅建法と略称する)違反に関する事実誤認の主張について。

所論は、要するに、(1)被告人赤松は原審相被告人長島忠雄に対し、原判示乙記載の如く、道路部分を私道として売却するように指示したこともなければ、同人とこれを共謀したこともない。又、被告人らは原判示の如く公園を売却する企画はしていない。(2)右判示個個の分議契約をするに際し、道路部分が宅造法のもとに八千代町の管理する公共施設に当るべきものであることは、担当セールスマンに於て各買主に対して十分説明しているのみならず、各買主との間に取り交した契約には、(イ)「道路分(私道)は公共用として使用される」旨並びに(ロ)「道路分は宅造法に基き権利面に記載されない」旨明記し、各買主も之を了承の上調印している。被告人らとしては、右により宅建法第十八条第一号所定の「重要事項の告知」は之を果したものと解するのが相当である。以上いずれによつても、被告人赤松らの本件所為は宅建法違反とはならず無罪であり、原判決は事実を誤認したものである、というにある。

(一)  よつて、記録を精査して案ずるのに、原判示乙の事実は、その挙示する関係証拠により、原審相被告人長島忠雄との共謀の点をも含めて、優に之を認めることができる。即ち、宅造法によれば、住宅地造成事業に於ては、事業計画に於て施行地区内の道路等公共施設が確保され、適当に配置されるべきこと及びこれら公共施設は、工事完了後所定の検査に合格すれば、同法第十二条第三項の公告の日の翌日に於て、同施設の存する国又は地方公共団体に無償帰属するものであることが明らかであり、又、これら公共施設に当る土地は右の関係上宅地購入者との売買の対象となし得ないこともこれ又右法意に照し明白である。而して、これら事項が右関連土地分譲等の取引上占めるウエートの極めて大であることは前記説明に徴し多言を要しないところ、原判決は、前記認定の通り被告人らが原審相被告人長島忠雄と共謀の上原判示の如くこれらの事項について事実を告げず、或は不実の事実を告げたと認定しているのであつて、この認定には誤認はないのであるから、その所為を宅建法に違反するとした原判決には瑕疵はない。

(二)、前記(1)の所論中、被告人らは原判示の如く公園は売却していない旨の主張について。

原判決が「公園」と判示したのは、原判文を一読すれば明らかな如く、公共施設の内容を一般的に説明するため例示的に掲げたに止まり、被告人らの犯行の態様として判示したものではない。従つてこの所論は採用できない。

(三)、前記(2)の所論について。

記録、特に関係契約書(供述調書に添付の写を含む)によれば、被告人らが分譲した相手方、即ち、買主は水内徳平ほか百十八名であるところ、被告人らが右買主と取り交した契約書に所論摘示(ロ)の事項が記載されているものは右百十九名中五十九名に過ぎないことが認められ、又、原判決挙示の関係証拠、特に原判示分譲に関係した原審相被告人長島忠雄らセールス関係者並びに水内徳平ら買主関係者の供述等によれば、原判示別表第二の宅地の売買はいずれも道路分を含めたものについてなされていること並びに水内徳平ら買主は、契約書に所論摘示(ロ)の事項が記載のある者を含めて、いずれもセールス関係者より前記(一)摘示の関係事項については説明を受けていないこと及びセールス関係者も又買主に対しては契約書中所論摘示の事項について判り易い言葉では説明せず、右契約書中の記載は長島らが専ら宅建法違反に備えた形式的のものに過ぎないことが認められる。以上の事実を併せ考えると、この所論も採用できない。

論旨は理由がない。

第三、控訴趣意中、「法人税法」違反に関する事実誤認の主張について。

所論は、量刑不当の主張の前提として、原判示甲第一の事実中、昭和四一年二月期の法人税額については、その申告遅延はいわゆる単純無申告であつて、而も、被告人はその後同四一年十二月二七日所轄神田税務署に対し当該事業年度に於ける法人税額として金三千八百二十五万一千八百三十円の確定申告を自発的にしているのであるから、同期に於ける脱税額はこれを差引いた金七百二万一千百九十円であり、この点原判決は事実誤認がある旨主張する。

併し乍ら、記録を検討すれば、被告人赤松が申告納税期限経過後所論の如く確定申告をしたことは事実であるが、逋脱犯は申告納税期限を徒過することにより既遂となることは判例の認めるところであり、まして、本件は所論の如く資料の散逸等の理由による単純無申告ではなく、法にいわゆる「偽りその他の方法により」申告期限を徒過したものであることが明らかであり、所論は到底採用できない。論旨は理由がない。

第四、控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、(1)「宅造法」関係については、被告人赤松は当時同法をよく知らず、市役所の注意を受けるや、その後道路を拡張したり、補修工事を行う等し、宅造法による竣工検査に合格する程度に工事をやり直し、結果に於ては本件宅地を購入した第三者には何等損害を与えていない。(2)「宅建法」関係については、被告会社、原審相被告人長島忠雄らと協力し、買主らに対し道路部分を市に移譲して貰い度い旨通知し、買主らの同意を得て、現在は市に移譲されていること等。(3)「法人税法」違反については、本件両事業年度の法人税につき、合計金四千七十七万四千二百円の重加算税が課せられており、同税は罰金と一脈相通ずるものがあること、本件脱税をするに至つた動機、善意の自主申告が認められなかつたこと、且つ、異議申立期間も徒過していたこと、その他原判決前後を通じて今日迄相当多額を納入しており、やがては近々全部納入の見込があること等諸般の情状に照すと、被告人らに対する原判決の量刑は著しく重きに過ぎて不当である、というにある。

よつて記録を検討し、これに現われた本件各犯行の経緯、態様、罪質、殊に宅造法及び宅建法違反については、現下の宅地の供給不足と、これを求める地方公共団体並びに一般国民の要望に便乗し、安易に違法行為に及んだ感があり、又、その結果が結局一応治つているとはいうものの、宅地購入者並びに地方公共団体が被告人らの行為の尻拭いをした結果によるものと認めざるを得ず、犯情は決して軽くはない。又、税法違反の点に於ても、その脱税額に鑑みるときは犯情誠に重いものがあるといわざるを得ず、重加算税を課されているとはいえ、以上の諸情状に鑑みるときは、原判決の量刑は右の限り決して過量・不当ではない。

併しながら、法人税法違反の点については、記録並びに当審事実取調の結果によれば、本件関係の課税額である法人税及び重加算税は合計額金一億六千八百六十七万八千七百円であり、又、これ等の延滞税は合計金一千八百八十六万四千四百三十円であって、以上合計は一億八千七百五十四万三千百三十円であるところ、被告人会社は右税金に対し原判決時迄に合計金一億五千九百二万二千七百九十六円を現金、受取手形、公売による還付金充当等で納入し、その残額は計数上二千八百五十二万三百三十四円であること、被告人会社は右のほか昭和四十二年二月期以降同十五年二月期迄の法人税も延滞しており、これと本件関係の未納税金を含めた金額は合計一億七百六十五万一千四百三十円であるところ、被告人会社はその納税に努力し、原審判決後合計金五千六十万三千六百五十円を支払うと共に、国税局に対し右未納税金の引当としてその所有に係る不動産並びに商業手形(土地分譲により買主らより土地代金支払のため受領した手形で、その金額合計四千万八千七百七十六円)を提供したこと、右の結果被告人会社が現在負担している未納税金は合計五千七百四万七千七百八十円であるところ、国税局は同未納税金懲収のため被告人会社の提供した不動産を差押え、目下公売手続を進めているが、該差押物件の見積額は合計金七千百四十万二千二百三十九円相当であつて、右未納額を完納して余りあることが認められる。以上諸般の情状を考慮すると、今となつては原判決の被告人会社及び被告人赤松に対する量刑は重きに過ぎて不当であると思われるので、この点で原判決中被告人会社及び被告人赤松繁行に関する部分は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十一条により、原判決中、被告人株式会社日綜及び被告人赤松繁行に関する部分を破棄し、同法第四百条但書により、当裁判所に於て次の通り自判する。

原判決が確定した事実に法律を適用すると、被告人株式会社日綜に対する判示所為中、原判示甲の第一の一は昭和四〇年法律第三四号法人税法附則第十九条により同法による改正前の法人税法第四十八条、第五十一条第一項、罰金等臨時措置法第二条に、甲の第一の二は昭和四〇年法律第三四号法人税法第百五十九条、第百六十四条第一項、罰金等臨時措置法第二条に、甲の第二は昭和四十三年法律第百号都市計画法附則第五項、同年法律第百一号都市計画法施行法第七条、住宅地造成事業に関する法律第二十四条第一号、第二十六条、罰金等臨時措置法第二条に該当し、情状に鑑み原判示甲の第一の一については前記改正前の法人税法第四十八条第二項、同二については前記法人税法第百五十九条第二項を適用するところ、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第二項により、右各罰金の合算額の範囲内において、被告人株式会社日綜を罰金弐千五百万円に処することとし、被告人赤松繁行に対する判示所為中、原判示甲の第一の一は昭和四〇年法律第三四号法人税法附則第十九条により同法による改正前の法人税法第四十八条第一項、罰金等臨時措置法第二条に、甲の第一の二は昭和四〇年法律第三四号法人税法第百五十九条第一項、罰金等臨時措置法第二条に、甲の第二は昭和四三年法律第百号都市計画法附則第五項、同年法律第百一号都市計画法施行法第七条、住宅地造成事業に関する法律第二十四条第一号、第四条、罰金等臨時措置法第二条に、原判示乙の各事実は宅地建物取引法第二十五条、第十八条第一号、刑法第六十条、第六十五条第一項、罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、右各法人税法違反の罪についてはいずれも所定刑中懲役刑と罰金刑を併科するものを選択し、宅地建物取引業法違反の罪については所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四十七条本文、第十条により刑期犯情の最も重い原判示甲の第一の一の法人税法違反の罪の刑に法定の加重をなし、罰金刑については刑法第四十八条第二項により右各罰金額を合算した、刑期及び罰金額の範囲内において前記情状を考慮の上、被告人赤松繁行を懲役壱年及び罰金弐百万円に処し、右罰金を完納できないときは同法第十八条により金五千円を壱日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、又、懲役刑については同法第二十五条第一項によりこの裁判確定の日から参年間その執行を猶予し、訴訟費用中、原審における分は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条により全部被告人赤松繁行と原審相被告人長島忠雄の連帯負担とし、当審における分は同法第百八十一条第一項本文により全部被告人赤松繁行に負担させることとして、主文の通り判決する。

検事 中野博士 公判出席

(裁判長判事 八島三郎 判事 栗田正 判事 中村憲一郎)

控訴趣意書

被告人 株式会社 日綜

同 赤松繁行

右の者に対する住宅地造成事業に関する法律違反、宅地建物取引業法違反及び法人税法違反被告事件に関する控訴の趣意は次のとおりである。

昭和四五年五月一八日

右弁護人弁護士 長尾仁司

同 中西正義

東京高等裁判所 御中

住宅地造成事業に関する法律違反について

第一点 本件については被告人等は無罪である。

一、被告人赤松は本件宅地造成工事に着手するに際して住宅地造成事業に関する法律(以下宅造法という)をまつたく知らず、従つてまた、本件土地が住宅地造成事業規制区域であつたことも皆目知らなかつたのである。宅造法は昭和三九年一〇月一日から施行された法律であつて、昭和四〇年当時はほとんど右法律の具体的な内容、右法律による規制内容それ自体が徹底していない時期であり、千葉県にあつては造成法の規制を受けない地域がほとんどあつたし、特段の行政指導もなかつたのでありこのことは一般人は勿論、不動産業者にしても同じであり、まつたく、右法律及びその具体的内容については当時は知られていなかつたのである。右事情からみれば、被告人赤松が宅造法を知らなかつたのも間違いのないところで、また知らなかつたことも無理からぬところであり、知事の許可なく工事に着工していることについて違法性の意識がなく、工事着工後船橋市役所から注意を受けてはじめて、右法律の存在、及びその具体的内容について知つたのである。

二、被告人赤松も宅地造成業者の一人として宅造法という新たな法律により宅地造成工事が規制されるようになつた程度のことは聞いていたが、その具体的内容、特に工事着工前に知事の許可が必要とかその他事業主として、いかなる手続を履践し、いかなる内容の工事にしなければならないかは皆目わからず、実際に造成分譲した被告人の部下であつた吉沢昇輔外数名のものも、被告人赤松と同様で宅造法の具体的内容については皆目わかつていなかつたのである。従つて、被告人赤松は宅造法の内容及び規制内容を充分承知の上故意にこれを逸脱するもとに本件行為に出たものではないのであり、法律そのものを知らない結果違法性の意識がなく、それがまた前記事情にあつた以上、無理がらぬところであり、犯罪の故意そのものが存在しないのである。従つて、宅造法に違反して工事に着手している旨の認識は全くないのであつて、かかる被告人等の行為をもつて宅造法を適用して、処罰を求めることは取締法規の性質上許されないものであり無罪である。

第二点 刑の減軽の主張

仮に右主張が容れられないとしても、右事情にあつたことは事実であり、刑が減刑されて然るべきである。

宅地建物取引業法違反について

第一点 本件について被告人等は無罪である。

一、原判決は被告人等について、相被告人長島と共謀の上、私道部分は宅造法にもとづき八千代町に帰属せしめなければならないのに、右事実を買人等第三者に告げず又は私道部分は買人負担名下に、私道部分を売却した旨認定しているが、右は事実誤認であり、本件については無罪である。

被告人赤松は被告人長島に道路部分を私道として売却するよう指示したこともなければ、同人と原判決認定のように共謀したこともない。

被告人長島は昭和四一年当時は勿論現在でも被告人会社以外の他の業者の分譲地の販売もなしてきていて、被告人赤松の部下でもないし、独立していて、被告会社の単なる販売員ではないのである。当時本件分譲に関して両者間で協議したことは仕切価格と販売期間のとり決め以外には何ら共謀に類するような事実はない。

二、私道負担名下の販売について

(一) 本件において、道路部分は宅造法のもとに八千代町の管理する公共施設に当るべきものであることは、個々の分譲契約において担当セールスマンが各売主に対して充分説明しており、将来八千代町に提供される旨記載した契約書を買主は了承して調印しているのであり現場の状況からみて明らかに道路として区画され整備されていることから、自己名義となつても道路としての機能しかないことは充分承知の上で契約しているのであり、宅建法一八条一号にいう「重要事項の告知」は右の程度で足りるというべきである。右のことは造成工事、竣工検査が終了しないでも建物の建築は充分可能であることからみても充分肯首できるのである。

宅建法にいう、「取引の重要事項を告げず」又は「不実の事実を告げる」とは、不動産業者が取引の相手方の無知に乗じて、積極的に故意に取引上の重要事項を隠藪糊塗して不公正な取引をすることを取締るため設けられた規定であり、本件においては、被告人赤松においては本件分譲販売契約が宅建法に違反する取引であることなど皆目考えず、契約書にも道路部分は「宅造法にもとづき、権利面に記載されません」旨の記載もあるのであつて、事実を隠藪糊塗している訳ではない。取引の重要事項の告知は右の程度をもつて足りるというべきである。従つて、本件は宅建法違反の取引ではなく、無罪である。

法人税法違反について

第一点 量刑不当の主張

仮に宅造法宅建法違反事件について、被告人等が有罪であるとして、本件と併合罪の関係にあるとしても、被告人会社に罰金四〇〇〇万円、被告人赤松に懲役一年三年間の執行猶予、罰金三〇〇万円に処する旨の原判決は量刑が著しく不当である。

一、被告会社の逋脱税額について原判決は昭和四一年二月期法人税は、金四五、二七三、〇二〇円合計一二一、三四五、七〇〇円である旨認定しているが、右は事実に反する。被告会社は昭和四一年二月期の法人税は昭和四一年一二月二七日に所轄税務署たる神田税務署に対し、当該事業年度における法人税額として金三八、二五一、八三〇円の確定申告を自発的になしているのである。

所謂逋脱犯の既遂時期については税を免れたという国家の租税収入減少の結果発生を必要とする犯罪である為、租税収入の減少時をどの時点で見るからは判断基準により差異が生ずるのであるが、納税者の自覚と責任のもとで、国家の租税収入の確定を図る現行法規の申告税制度のもとでは、「税を免れた」という結果発生の判断基準としては、納税義務者の申告という行為を重視すべきであり、納期時又は納期前に虚偽の確定申告をした場合と異り、本件被告会社のように資料の散逸等により申告ができないで申告期限前に確定申告をなさなかつたのとはおのずと異るのである。

特に、被告会社は期限後とはいえ散逸した資料を集め、自発的に当該事業年度の確定申告をなしている場合は、期限後申告時にはじめて申告税額と正規の税額との差額について国家の租税収入減少の結果が発生したとみるべきであり、本件ではその差額の金七、〇二一、一九〇円が、被告会社の当該事業年度の脱税額とみるべきであり、この点において、原判決は事実誤認があり、右事実誤認は量刑に影警を及ぼすことは明らかである。

二、被告会社に対しては本件両事業年度の法人税について合計金四〇、七七四、二〇〇円の重加算税が課税されている。

被告人赤松は専ら脱税の為に隠藪又は仮装等の不正行為をなしたものではなく、事業内容の変更、分譲販売と造成工事の分離、各販売会社の設立、旧債権者の追求防止等の為の手段が専ら脱税の手段とみられたことから、善意の自主申告が認められず重加算税が課せられることとなつたのである。これに対して異議申立し是正を求めるも、申立期限徒過によりその機会を失つていて、被告会社は本税完納後も右重加算税を納付しなければならないのである。また被告会社は現在右重加算税として金四〇〇〇万円余も負担しなければならないが、本来自主申告が肯認されていなければ一一〇〇万円近くも少なくて済むのであつたのである。

特に重加算税は、逋脱犯の罰金と一脈相通ずるもので、行政罰であり、本件において被告会社は前記のごとく、多額の重加算税が課税されているのであつて、既に本件脱税行為に対する社会的責任は充分果しているというべきであり、その上に更に刑事責任として金四〇〇〇万円もの多額の罰金を科することは今後被告会社の存立すら危殆に頻しめることになり、いかに国家の徴税権の侵害という法益を考慮しても原審のその量刑は著しく不当なものといわねばならない。被告会社は自滅する外他に方法がない。右の点は量刑上充分御考慮頂きたい。

尚、詳細な趣意書は次回前に補充書をもつて提出致します。

以上

答弁書

法人税法違反 被告人 株式会社 日綜 外一名

右被告人に対する頭書被告事件につき、弁護人の控訴趣旨書に対し要旨左のとおり答弁する。

昭和四五年八月一四日

東京高等検察庁

検察官検事 古谷菊次

東京高等裁判所第八刑事部 殿

第一点 住宅地造成事業に関する法律(宅造法)違反について

所論は、要するに、宅造法は昭和三九年一〇月一日から施行された新しい法律であつたから、被告人は被告会社が事業主として千葉県船橋市飯山満町三丁目所在の分譲地約四、六八三坪の宅地造成事業に関する工事に着手した昭和四〇年七月二五日ごろには、右宅造法の存在及び規制内容を知らず、また本件土地が住宅地造成事業規制区域であつたことも皆目知らなかつたのであり、工事着工後船橋市役所から注意を受けてはじめて、右法律の存在及びその具体的内容を知つたものであるから犯意(違法性の認識)がなく無罪であり(事実誤認)、もし、右の主張が容れられないとしても、被告人は、宅造法の内容及び規制内容を充分承知の上故意にこれを潜脱せんとして本件犯行に及んだものではないから、原審の量刑は重きに過ぎ減刑さるべきである(量刑不当)、というのである。

しかしながら、被告人は昭和三四、五年頃から土建業宅建業に関係しているその道の専門家であるから、昭和四〇年頃宅造法の存在や規制内容について承知していない筈はなく、現に被告人は四二年一一月二〇日検察官に対し、

(飯山満町三丁目の土地の)造成に着手した時期は四〇年七月終り頃と思います。

この土地を田園開発を通じて買求めるに際してこの土地がその頃出来ていた宅造法と云う法律の適用を受ける地区であることを田園開発から聞いて知つておりました。

それで私は販売会社の名前で土地を幾つかに分けて登記しておけばこの宅造法の適用を受けないですませるものと考え、、、、、、、、この宅造法と云うのは造成する土地の面積が九百坪以上になると規定に従つたきちんとした造成をして立派な住宅地を作らなければならないと云う事になつておりました。

勿論こう云う事は田園開発から当時聞いていた事でありますが、私としてはこの法律の規定に従つて造成すれば済んだのでありますが、造成するとなれば、それに伴う費用や時間が必要となりますのでそんな手続をふんでいては私共の商売は成り立ちませんのでそれを何とかのがれ様と思つて前述のように何社かの子会社の名前を使つて一社あたりの土地面積は九百坪以下になるように登記をしたのであります。

この土地を造成している途中船橋市役所の係の人がパトロールに来て無断で造成販売している現場を発見され正規の手続に従つて申請をし造成をやる様にと注意された事を私は倉持利司から聞いて知りましたが、その時にはすでに約四千坪を土地の半分くらい売つておりましたので今更宅造法に従つて県知事の認可申請をしていては相当の出費を覚悟せねばならない事であつたりまた時間もかかつて切角それ迄に私の会社で投資していた資金をねかさなければならない事になるので船橋市役所の忠告を無視して引続き各販売会社を通じて販売させてしまつたのです、、、、、

旨自供している(記録21冊三三丁-三六丁)のであつて、被告人は、飯山満町の分譲地の宅地造成着手前すでに宅造法の存在、その規制内容を十分承知しており、而も、右規制を潜脱するため、本件土地を販売会社名義に分割登記させたというのであるから、犯意も十分あり、且つ、計画的な悪質事犯というべく、所論は事実誤認の点についても量刑不当の点についても理由がない(四二年一一月二七日付検察官調書第十項、記録第21冊六二丁-六三丁参照)。

第二点 宅地建物取引業法違反について

所論は、要するに、原審判決は、被告人が昭和四一年一月から六月の間株式会社赤松興業土木の業務に関し、右会社所有の千葉県八千代町大和田新田の土地を東日本観光株式会社を取引主体として水内徳平ほか一一八名に売却せしめるに当り、同会社の代表取締役長島忠雄と共謀のうえ、右の土地がいわゆる宅造法規制区域であり、造成工事完了後所定の検査に合格すれば右土地内に設置された公園や道路等の公共施設は八千代町に無償で帰属せしめなければならず、従つて右の土地を顧客に販売してはならないことになつているのに、右土地売却の相手方である水内徳平等に対し、右道路が宅造法によつて八千代町に帰属せしめなければならない事実を明確に告げず、「売却土地の一部を私道として買受人において提供負担して貰いたい旨」述べるなどして、取引の重要事項について故意に事実を告げず、又は不実の事を告げたと認定しているが、被告人は右長島と共謀した事実はなく、又長島やセールスマンは右の土地の個々の分譲契約に当つて、道路部分は宅造法のもとに八千代町の管理する公共施設に当るべきものである旨を充分説明しており、契約書にも道路部分は「宅造法にもとづき権利面に記載されません」旨の記載がなされており、買主たる水内徳平はその旨の記載のある契約書を了承して調印の上買受けたものであり、長島等に「重要な事項について故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為」はないから、宅建業法についても原判決には事実誤認があり、被告人は無罪である、というのである。

しかしながら、被告人は、八千代町の宅地造成工事の認可申請を正式に県知事に出す前、八千代町役場で開かれた宅造法に基づく事前協議に被告人の代理人として出席させた田園開発の高谷社長や磯野測量事務所長から「将来道路や公園は町役場に無償で寄付しなければならないのでこれらの公共施設は売つてはいけない」と云う話しをきいていたのに、東日本観光に販売させるに当つては、私道の負担面積を区画図の中の販売区画ごとの面積の中に含めて計算させ、従つて買受人にこの私道部分を含んだ面積で契約させており、その理由として被告人は「八千代町の場合道路や公園を売つてはいけないと高谷や磯野から云われていたのでよく判つていたのですが、私としては土地を売るについて道路や公園も含めて買つておりますので道路や公園にも金がかかつており、その部分を客に売らないと云う事になれば他の敷地面の単価がその分だけ高くなるのだから結局は同じだと云う考え方からその様な販売区画図を磯野事務所に私が指示して作らしたのであります。、、、、、販売会社では私の指示により適宣売つていると思います。」と供述しており(四二年一一月二〇日付検面調書、記録21冊三八丁-四二丁)(四二年一二月四日付検面調書、記録21冊七七丁)、「これらの(販売)会社の章任者である吉田・倉持・長浜・長島には道路を含んだ販売区画図を渡してこれに従つて販売するように指示しております。」(記録21冊八五丁)と供述しており、長島忠雄も、

またこれらの人達(赤松・高谷・磯野)から宅造法の事について色々の話を聞いているうちにこの八千代町の分譲地の販売は造成が完成し最終検査が終らなければこの土地に勝手に建物を建てる事は出来ず、建てても建築確認が貰えない事及び販売するに当つて分譲地の道路は完成後市に移管して寄付しなければならない事、、、、、を知る様になりました、、、、、、赤松社長からはその点について特別に指示をされたり注意をうけた事は言葉としてはありませんが、この分譲の道路を私道負担として客に売らせるため販売図面を作つて、、、、、このとおり買受人に道路部分を負担させて売るように指示をうけております。、、、、、

そういうわけでありますからこの八千代町の土地分譲に際しても言葉として私達に具体的に指示すると云う様な方法をとらず常に自分の会社の責任にならない様に考えておつた様に見受けて知つておりました。

しかし、私達にそれとなくそう云う方向や方針で販売させる様にムードを盛り上げて話をしておりました。

旨供述し(四二年一一月一〇日付検面調書、記録21冊一一三丁-一一六丁)、また、

四〇年一二月末頃であつたと思いますが最終的に私達子会社の責任者を自分のところに集めて販売会議を開いております。

このときの打ち合せは第三松田ビルで行ないました。

このとき私はくじ引きの結果八千代町が当つたのであります。

このとき赤松社長から販売要項を示されてこれに従つて分譲地を販売するよう指示されたのであります。

と述べ(四二年一一月一三日検面調書、記録21冊一六六丁-一六七丁)、

私はこれらのセールスに指示した事項として

この分譲地は宅造法の適用の分譲地であること

道路負担があること

、、、、、

を中心に説明しております。従つて各セールスも私の指示に従つて各お客さんにその点を説明していると思います。、、、、、

これらの事(この分譲地が造成中でまだ竣工検査が終つておらず完全な宅地として売出せないのに売つてしまつたことから農地を買つた人が本登記が出来ず、また家を建てるにも制限があつて制限を受けていること、また市に寄付しなければならない道路部分を含めて売つたために買つた客はその後八千代市の方から無償で寄付を求められること)は当時知つておりましたが、はつきりと確かめずに商売をやるうえからこのような客に不利なことを話すと客も相手にしてくれないと思いつい売る事に専念したためそのような事になつてしまつたのであります。私も会社の代表者として契約の当事者になつていることですから本当はそう云う客に話すべきことは話さなければいけない事は知つておりましたが、早く分譲地を売却してゆきたいと思つておりましたので自分達の都合ばかり考えて売つてしまつたのであります。

と供述している(記録21冊一七七丁-一七九丁)ところ等を総合すれば、被告人は八千代町の分譲地は、宅造法(第一四条、第一五条参照)の関係上、道路等の公共施設を八千代町に帰属せしめなければならず従つて右道路部分を顧客に販売できないことを充分知つていながら道路部分を除外して売れば販売単価が高くなつて売りにくくなり、また右の事情を告知して売れば顧客は相手にしてくれなくなるので、顧客には、右の事情を秘し、「私道負担」とか「道路部分は宅造法にもとづき権利面に記載されません」というような曖味な表現でごまかして、右道路部分を含めて顧客に売りつけたものである。

長島も右の事情を十分承知していたのであるから、被告人としては、明確な「言葉として具体的に」すなわち、右の道路部分は宅造法の関係で売つてはならないものであり、もし顧客がこれを買受けた場合には買受人が無償で町に寄付しなければならず、又折角土地を買つても家が建てられず、家を建てても建築確認が受けられないことになるなどと顧客に告知してはならない旨指示しなくとも、右道路部分を含めた図面を渡して売らせれば長島等が「適宜売つてくれる」つまり右の顧客に不利な事情を適当に曖味にごまかして売つてくれるものと思つて、例の如く「自分の会社の責任にならないように」「ムードを盛り上げ」る巧妙なやりかたで長島に指示し、右の事情を百も承知の長島もこれを充分了承して自ら又はセールスマンをして右の重要事項を告知しないで売つたもので、被告人と長島との共謀の事実は誠に証明十分である。

又、長島をはじめとしてセールスマンが個々の分譲契約に当つて右事項について何ら説明しなかつたことは証拠上明らかである(各買受人の供述、高松利男、遠藤宏、奥貫忠行、高橋靖忠、三島千弘、秋山信康等各セールスマンの供述、記録20冊)。

所論は理由がない。

第三点 法人税法違反について

所論は、要するに、原判決は、被告人が被告会社の昭和四一年二月期の被告会社の実際所得金額が一億二、二八四万六、四三六円、これに対する法人税額が四、五二七万三、〇二〇円であつたのに、申告期限である同年四月三〇日までに所轄神田税務署長に対しこれを申告せず右期限を徒過したことをもつて、右法人税額四、五二七万三、〇二〇円全額を逋脱したものであると認定しているのであるが被告人が申告期限までにこれを納入しなかつたのは「不正行為による」ものではなく、ただ資料の散逸等の理由によるものであるから、右申告期限を徒過したことは所謂単純無申告にすぎずその時点で逋脱犯は成立しないのであつて、その後被告人は同年一二月二七日所轄税務署長に対し、被告会社の四二年二月期の法人税として三、八二五万一、八三〇円の確定申告書を提出した時点において、申告納税すべき正当税額たる四、五二七万三、〇二〇円と右申告税額三、八二五万一、八三〇円の差額七〇二万一、一九〇円を脱税したとみるべきであるからこの点において原判決には事実誤認があり、右事実誤認は被告人等の量刑に影響を及ぼすことが明らかであり、且つ、被告会社は四〇年二月期四一年二月期の両年度の法人税について合計四、〇七七万四、二〇〇円の重加算税を課せられているのであるから、更に被告会社に四、〇〇〇万円もの罰金を科した原判決の量刑は著しく不当であり、原判決は破棄して減刑せらるべきである、というのである。

しかしながら、被告人は、「顧問税理士から、国税と地方税をあわせて利益額の約六割ぐらい税金を納めなければならないのではないかといわれ、利益の六割も税金として納めなければならないとしたら、会社としての基礎がまだしつかりしていない現在、とてもやつていけなくなつてしまうと考え、三九年一二月に会社を表面上は休業ということにして、何とか資金的な余裕が出来るまで会社の方の税金は申告せず、裏で営業を継続して資金の継続をはかろうと思つて休業届を出すと同時にセールスマン等に株式会社太洋興業観光不動産部その他の販売会社を設立させ、これらの販売会社名義で仕入れた土地を販売させて被告会社の名前が一切表面に出ないようにし、また仕入も売上も二重契約とし、簿外とした所得は仮空名義の裏預金に預け入れて秘匿する等の税金対策を講じて、四〇年二月期は赤字申告をし、四一年二月期は無申告で期限を徒過した」ことが同人の自供(四二年一一月二二日質問願末書二問答、記録15冊六七丁、七二丁。四三年四月一七日検面調書、四三年四月一八日検面調書、記録15冊参照)によつて明らかであるから、被告人が四一年二月期の申告納税期限を徒過したのは、ただ資料の散逸等の理由による所謂単純無申告ではなく、正に「偽りその他不正行為により」申告期限を徒過して逋脱したものである。

申告納税期限を徒過することによつて逋脱犯が既遂となることは通説判例の認めるところであり、その後になつて被告人が申告をしたことは単なる犯情にすぎない。

(例えば、田中二郎、租税法三四四頁。河村澄夫・税法違反事件の研究二四五頁。高松高判・昭二六・八・二四、高裁判例集四・一三・一七四七。最高判・昭三六・七・六刑集一五・七・一〇七四。福岡高判・昭三四・三・三一、高裁判例集一二・四・三三七等)。

ところで被告人並びに被告会社の犯情について考えるに、本件はその犯行の動機・態容その及ぼした社会的影響のいずれをとらえても極めてアツプツウデイトな悪質な犯行であり、殊に本件宅建業法違反の結果、多数の余り豊かでない庶民がマイホームを夢見て苦労して入手した狭い土地の中から、全く予想もしなかつたのに、かなりの道路部分を八千代市に無償で寄附せざるを得なくなつたり、又正規の手続に則つて家を建てられず途方にくれている者が多く、又将来当局によつて違反建築として取りこわし命令等を受けるかも知れないとの不安におののきながらやむなくあえて家を建てて居住した者もあるという状況や、法人税法違反についてみれば、その手口はまれにみる複雑巧妙な知能的計画的犯行でその逋脱額も大きいこと等にかんがみれば、原判決の量刑は軽きに過ぎるといい得ても、重きに過ぎるということは全くない。

右は謄本である。

前同日

東京高等検察庁

検察事務官 三川昌之

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